三浦展、『下流社会』

下流社会 新たな階層集団の出現 (光文社新書)

下流社会 新たな階層集団の出現 (光文社新書)

 この本を読んで、わたしの三浦氏への評価は極度に下がった。『「家族と郊外」の社会学』や『「家族」と「幸福」の戦後史』では、関心が比較的近かったので読みやすかったということもあるだろうが、歴史的な事例やデータの紹介が興味深かったし、記述もていねいであったと思う。(今読み返したらどう思うかわからないが。)『ファスト風土化する日本』も、印象論にとどまるところがあるとはいえ、あくまでも印象を元にしたスケッチということであるなら納得がいく部分もある。(犯罪発生率の話は除く。)
 しかしこの本は、調査をやっているあたりがかえってうさんくささを増しているように思える。Amazonの書評でもサンプリングの不明確さが指摘されている。行論でいろいろな「差」を指摘するのだが、そこに統計的な有意差があることが形だけでも示されない。
 そこかしこで示される蔑視的視線も不快だ。p.144の「『上』の多い大学院生、『下』の多いフリーター」では、こんなふうに書かれている。

私の世代の大学院生のイメージというと、お金がなくて、非常勤講師で疲れ切っているというものだが、最近の、特に女性の大学院生というのは、裕福な家庭の娘の道楽のようなものらしい。

 「はああぁ!?」と声をあげたくなるようなくだりであるが、その根拠として示されているのは、「女性1次調査」で「大学院生」(実数は16)が階層帰属意識について回答した、「『上』は25%、『下』は18.8%しかいない」という結果だけである。


この「女性1次調査」は、東京・神奈川・千葉・埼玉在住の18〜37歳の女性を対象として行ったweb調査。サンプル数は2000。

 男性との対比もされていないし、統計的に有意なのかも示されないし、だいたい彼女たちがアルバイトで疲れ切っているかどうかも質問していないのではないだろうか。ないないづくしである。


なお、そもそも比率からいって回答者には修士課程の院生が多いはずだが、修士課程の院生では非常勤講師なんてできるはずもない。

だいたい今は昔と違って院生が多いのである。昔のイメージで今を語ることにはそもそも無理がある。さらに、定員を拡大したのは文部科学省の方針に基づいて各大学が行ったこと。政策の帰結でもあるわけだ。それに気づいていないのか、はたまた単に無批判なだけか。

 たしかに、職業別の回答で「大学生」「大学院生」は帰属階層が「上」という回答がもっとも多く、首都圏の大学に通う女子学生が比較的裕福な家庭の出身であることをうかがわせる。私立大学の女子学生の親の平均年収はほかのカテゴリーより高いというデータもあるようだ。「下」という回答も、この調査の職業別カテゴリーでは一番少ない。
 しかしだからといって、彼女たちの進学を「道楽」と決めつける、その根拠にはならない。そもそも親が裕福であることは彼女たちの責任ではないし、仮に裕福でない家庭出身の女性が希望していても大学院に進学できないとしたら、むしろそのことの方が問題である。彼女たちが大学院進学する動機も何も問われていないのに、どうして「道楽」と言えるのか。また、そうやって大学院進学者を確保している大学や、大学教員(もちろん院生の指導は負担増となるが、自分の研究の手伝いをさせていたり、あるいは院生の存在が給料に反映することもあるので、メリットがないということではない)の側に目が行かないのは、公平な見方ではない。


もちろん「道楽で何が悪い。」という切り返し方もあるだろう。実際自分のことを考えても、道楽だったような気がするしw

 そのほか、p.165の「シルバーシートで眠る若者」の写真も不可解だ。(まあ現在は「シルバーシート」とは言わないわけだが、それはおいておく。)
 まず、この写真は近辺のページの記述とほとんどかかわりがない。さらに一見してわかるのだが、この「若者」の周囲の座席は空いている。(隣の車両では立っている乗客も見えるが。)空いた車内なら別に若い人が優先席に座ってもいいし、疲れていたら寝ちゃってもいいだろう。どうしてこの写真が撮られたのか、またなぜわざわざここに置かれているのか、意味がまったく不明なのだ。
 どうも「不道徳な若者の行動が増えた」ということを言いたいのかとかんぐってしまうのだが、そもそも不道徳でも何でもないし、若者の不道徳について近辺のページで語っているわけでもない。ただ単に意味不明なのである。(まあつまりは、彼が「気に入らない」ということなのだろうが。)

 あげていくときりがなくなるのでこのへんでやめる。本の内容以前の話に終始してしまってまことに恐縮だ。しかし、どうもこの本が彼の本の中では一番話題になっているらしいところが奇妙である。

■追記

 どうも悪いことばかり書きすぎた。悪口ばかり書くと、はてなブックマークのトップで注目エントリになりやすいのかも知れない。
 調査について少しコメントを加えておく。
 1) 調査対象について。この本で使われている独自の調査は、一都三県を対象としたものであることはすでに述べた。サンプリング方法は不明な部分があるので、ここの評価は保留としよう。しかし、やり方自体はよくあるものだ。「なぜ一都三県なのか」という疑問がある方もいるかもしれないが、マーケティング調査では常用される対象選択である。たとえば博報堂生活総研(HILL)などが好きなやり方だ。「東京から何km圏を対象とする」と対象を限定した調査を、HILLはよくやっている。
 ただし、この調査があくまでも東京圏での動向を調査したものだということは、肝に銘じておかなければならない。日本全国を調査した場合、少なくとも単なる階層差だけではなく、地域差も要因に入ってこざるを得ないということだけは確かであろう。データが単に欠けているということだけでなく、分析の枠組みを変えてしまう可能性も持つ。
 念のために付け加えるが、「全国調査でない」というのは、批判ではない。そうだということを念頭に置いてこれを読まなくてはならない、ということだ。つまり、これは東京圏の地域特性について語った本である、ということを前提に、彼の主張を受け取るべきだということである。もちろん、このやりかたがいいか悪いかは別の問題である。
 2) 調査の内容に関して。「はじめに」で「経済学者や社会学者による階層研究には消費論がない」(p.6)と述べられているが、いちおうSSM調査には文化行動の質問などもあるので、正確ではない。彼が使えそうなものがないというか、彼から見て消費行動の調査・分析になってないということだろう。
 3) 分析方法とその結果について。対象者を2次元の座標軸の上でクラスタに分類して、各クラスタの特徴を調査結果に基づいて述べていく、というやり方も、マーケティングではよくあるやり方である。いわゆる「分衆論」以降のスタンダードといってもよい。分類に際してキャッチーなネーミングをするのも常のことだ。(もちろん、そこでどういうネーミングをするかではセンスを問われるが。)さらに階層帰属意識にどうも固定化の傾向があるということと、「下」(この本では「中の下」と「下」をまとめて「下」としている)が拡大しつつあるということ、この二点についての現状把握も間違っているとは思えない。というか、階層の固定化については90年代後半以来、後者についても最近しばしば言われていることだ。
 あとはもちろん、カイ自乗検定とかその他の検定の結果を示して、量的分析としての形だけは整えておいてほしかったということがあるが。たぶんスポンサーやマーケティングに利用したいという企業向けには別に報告書を作成していて、そこでは検定の結果なども書かれているのではないだろうか。だがもしそうなら、新書にもサボらずにきちんと書いておくべきであろう。(ちゃんと調べてないので、このあたりはわからないが。)それと、クロス集計はかなり細かくとっているが、多変量解析とかもやってみたらどうなのかと思う。もう少し何か面白いことが出てきそうなので。
 ということで、これはマーケティングの本だということを念頭に置けば、それほど方法的に大枠で「悪い」本ではないのである。(データの扱いはやはり粗雑だと思うが。)知見についても、最後のほうで、新しい世代では階層的ハビトゥスの再編が生じているのではないかと述べられていることなどは、興味深い発見であるといえる。(pp.224-233)
 だからこの本の最大の「問題点」は、個別のデータの読み方や見方でバイアスがかかった部分が多いというところにある。そういう点は多々ある。というかありすぎである。特にジェンダー・バイアスと若い世代(の一部)へのバッシングはひどすぎる。この点については例を述べたので、ほかにも「多々ある」ことだけくりかえすにとどめる。
 いわゆる現状の打開策についても批判があるようだが、この点についてはあまりいうことはない。もちろん、「そんなことで現状が変えられるものか」と批判することはたやすいが、だからといって批判する側に有効な対案があるかというと、またしても「そんなことで現状が変えられるものか」といわれかねないものしかない場合が多いからだ。いや、それでも対案があるなら、あるだけましとさえいえるかもしれない。
 ただ、階層の話をしているところで、「個人の努力」や「心構え」を説くのはやめたほうがいいとだけは言っておきたい。(p.177、pp.234-235)もちろん努力や心構えが大切ではないとはいえないだろうが、それでは階級社会でも努力すれば立身出世できるという、旧来の「神話」と大差ないのだから。

■というか(12/8)

 はてなブックマークからの参照急増中ですが、そんなにこのエントリおもしろいですか。

参照元について(12/20)

 なんだか人気エントリになりつつあります。(笑)
 なお、少し記述を整理し直しました。

■つづき

 少し追加で新しくエントリを起こしました。