中井浩一、『被災大学は何をしてきたか』

 4/2の記事への追記。

 「頑張った福島大、周到かつそこそこ頑張った岩手大学焼け太り東北大学」。
 国立大学法人化の問題でいくつか著作のある、中井浩一氏が、震災後に被災地域の国立大学三校(岩手大、東北大、福島大)に取材したものをまとめた新書。基本的に自分の大学以外はきちんと読んでないので、そのあたり、以下の記述も割り引いて受けとめていただけたらと思う。
 ラクレというとお手軽新書という印象なのだが、届いてみて驚いたのは、本の厚さ。500ページ以上あった。よく調べてあり、一度来て話聞いたただけで書いた本でないことはよくわかる。
 ただ同時に、偏ってもいる、というのがわたしの感想。もう一つは、法人化以降の文部省との関係や大学運営のあり方に焦点を当ててまとめているということの、よい面・悪い面が出ている、ということ。
 後者から書くが、旧帝大と地方大学との予算規模の話とか、下りてきた予算が適切に運用されているのかとか、そういったところにも切り込んでいるのは評価したい。これは法人化問題について取材を重ねてきた中井氏だから書けたことでもあるだろう。福島大学への予算措置の少なさにふれてくれているところも、ありがたい。
 同時に、その視点があるからなのか、こぼれてしまったものが、少なくとも福島大については相当あるのではないかとも感じた。福島大学の意志決定のあり方について、「福島大学の伝統としては平場の議論を重視するが、それが法人化以降は情勢の変化で改革を求められており、学長のリーダーシップが強調されている。両者のせめぎ合いの中で震災を迎えた。」というような構図の描き方もそうで、ここに引っかからない問題は落ちてしまっているように感じる。
 たとえば、行政政策学類の学生帰省支援バスのチャーター*1なんかはこのへんの構図にはまるので、取り上げられているわけだが*2、人間発達の筒井さんたちのチームが取り組んでいる、原発被害地域の子育てストレスの調査とか、ルーチンとして理工の渡邊明さんが取り組んでいる定期降下物の測定とか、そういったものが出てきていない。さらっとひと言、地域と大学との結びつきが深いことの説明で、飯舘と大学のつながりとかにも触れられているが、「かーちゃんの力プロジェクト」の話はいっさい出てこない。これはちょっとどうかと思う。*3
 今回の震災以前の活動にふれているあたりで、中越地震への支援に、福祉系のふたりの教員が中心に関わってたのはそうなんだろうけど、阪神淡路の時には、社会心理学行政法、環境論の教員が、中越の時にも言語論やサウンドスケープの専門家がかかわっていて、避難所=福祉系、という狭い範囲じゃなかった(学際性とでもいうのか)。このあたりが見えない。この場合は、福祉系に留まらない支援があったことが、一番重要なのではないかと思うのだけど。
 あと、震災対応の初期段階での行政政策学類と大学執行部の対立を一つの焦点に持ってくるなら、結ブログも読んでほしかったと思う。あのあたりの軽いノリ(清水晶紀さん、大黒太郎さんあたりの)をちゃんと紹介しほしい。(笑)
 まあ、外部の人が取材して書いているので、情報源も限られるし、情報源になった人の視点の偏りや思い違いもあるんだろうけど。
 なお、行政政策学類の教員が「避難しないで残っていた教員たちは半分ぐらいはいた」(p.97)ってのは、さすがにちょっと事実誤認だろうと思う。もっと残っていた人は多かった。半分しかいなかったら、下手をすると教員会議が成立しない。残っていても、家が半壊した人はなかなか出てこられなかっただろうし、インフルエンザで出勤停止の人もいたので。また福島にいなかった人にもいろんな理由があって、親の介護で遠距離通勤していた人は足止めをくらっていたし、関東圏の親の家が津波で被害を受けたので、そちらへ行っていた人もいた。こういう人たちは、原発事故で避難した、ということではない。

*1:ただ、このバスチャーターが、学生一般の避難のためのように書かれているのは、たいへんミスリーディングな記述で問題がある。福島市近辺に実家がある学生は対象になっていなかった。当然だが、避難先を大学で確保することは不可能だったし、家族と切り離して学生だけを乗せることも無理だったからである。

*2:ついでに書いておくと、55ページと56ページで、バスチャーターに対する前学長のコメントを紹介して、「たしかにそうだ」と納得しているみたいだが、学生をそのままひと月地域に置いておいた時の外部被ばく量は、たった数時間バスで避難する際の被ばく量をはるかに上回るはず。なぜそこで「屋内にいたほうが安全だった」という入戸野氏の言葉に納得してしまうのか、理解に苦しむ。ここも容認しがたい。

*3:あとは、塩谷さんが関わっている「遊休農地活用プロジェクト」における地域と大学との相互関係とか(これも物資の支援などに生きたつながり)、教員が一個人として地域の中でやっている活動とか、ほとんど書いてない。まあこれはしょうがないと思うけど。しかしなんだか註ではボロボロに書いてるなわたし。千葉悦子さんの専門が「婦人教育論」というのもどうなのか。